一方月夜たちは、月夜に降臨した空狐の言う事を信じてみようという事で、現世に帰っ
ていた。そこで、一回、凛の住処に向かい、一息ついたところを他の術師に狙われ月夜は
狩衣姿で濡れ鼠、夕香はただの濡れ鼠になりつつも凛と共にそれを振り切った。
「あほ狐が、濡れ鼠になってやらあ」
「うっさい、時代錯誤野郎」
「別にいいもんねー。てか、服」
「今買ってきてやるから火でも焚いてな」
軽い喧嘩を始めた二人に呆れつつも財布を持って嵐の部屋から出た。灯台下暗し。嵐が
使っている部屋は月夜達が住んでいる寮とそうはなれたところではない。嵐の一族の親戚
の家なのだが、着替えるから少し留めておいてくれと凛が頼み込んだのだった。
「寒いな」
「うん」
何日も、日が差し込んでないらしい。それも頷ける陰気さがこの場所に漂っていた。
「コレじゃ、霊感強い人とかは」
「早急にどうにかしてんだろうよ。学校とか、結構浄化されてたろ? それより、地すべ
りだな、人はどうにかできるけど、大地はどうにもできないからな」
肩をすくめてぬかるんでいる土を見やった。かなり水が含まれている。その水は力ある
ものが触れれば硫酸に触ったように感じるだろう。異界に降っている雨は、妖、嵐や莉那
にそう感じるのであろう。互いに相容れず、触れられないものなのだ。
人は陽、妖は陰。その理は変わることなく交わる事も無い。いつの時代からかは知らな
いが、妖は異界に住み、人は現世に住むようになっている。人々は知らぬがゆえの恐慌に
陥いる。
「ま、どうにかしてやるか」
わざとその地に触れて目を細めた。その暴挙に夕香は目を剥いたが、月夜がなにやら唱
え始めるのを聞いてせめて雨が当たらないようにと結界を張ってくれた。
「コレでどうにか……な」
ぬかるんだ地に膝をついて額を押さえて弱弱しく微笑む月夜の頭を思い切り殴っておい
て辺りの水が普通の水に変わっているのに驚いた。
「水神の加護も、あるようだ」
ぱっと雨が一気に止んだ。驚くと月夜の右手中指の指輪がかつてないほどの濃い色で輝
いていた。
「何、が仲良く外でだべってる。中、入れ、中」
凛が蹴り入れるようにして月夜たちを中に入れて術で一気に火をおこして着替えを渡し
た。仕切りを出して互いに見えないようにしてから凛は外に出て行った。仕切りの高さ足
りず月夜は肩から上が丸見えだった。
「こっちみんなよ。変態」
「覗くな。変態」
「混ぜるな、危険か?」
覗こうとした月夜の頭にびしょぬれの服を叩きつけてさっと着替えて濡れた頭を拭き一
つに括った。
「……」
さりげなく月夜の首筋から肩にかけてみて目を伏せた。いつの間にか、たくましくなっ
ている。
「入っていいか?」
「わ、ちょ、まてっ」
あせったような声。凛と月夜を覗き込んでみると素っ裸で背を向けている月夜と凛がい
た。すらりとして引き締まっている背中と後ろ姿をみて凛は、確信犯だったのだろうか、
にやにやしている。
「じゃあ、さっさと着替えな。にしても、体付きは昌也に似てるな」
その言葉に二人で固まってしまった。月夜がギクシャクした動きで振り返って顔を引き
つらせた。
「そんないらない感想いいから、さっさと出て行ってくださいますか、お義姉様」
細いかと思っていたのに、意外とたくましい月夜の体つきに夕香は放心していた。とい
うより、男の肌を初めて何もなしで見たのだ。ぽかんとなるだろう。
「あちゃあ、お初マダだったの。すまんすまん」
二人の初心な表情を見てけたけた笑いながら外に出て行った。その背を見送って咳払い
してから月夜は仕切りの中で下着やら何やら必要なものを身につけていった。
夕香は黒のシャツにプリントTシャツを重ね着してジーパンをはいて、月夜のほうはい
つもの嵐の普段着、茶色っぽい革ジャンに同系色のタートルネックのシャツにシルバーア
クセサリ、色が薄い綿パンを見事に着こなしている。サイズもぴったしだ。
それを二人で見て顔をそっぽに向けて夕香はあくびをして月夜は頬を掻いた。
「て、ことはさ、昌也と、凛さんって、もうこの年でやってたんだ」
「みたいだな。……嵐が、嵐であるわけだから、不思議じゃないと思うんだがなあ」
「そうね」
二人で納得して、なんとなく気まずくなって顔を伏せた。ちょっとまずい話題かもなと
二人で思っていた。
「なんか、狼の一族って、みんなあんなんなの?」
「俺が知っている限りでは、この姉弟だけだな」
「そう」
嵐はからかって遊べるのだが、凛は、昌也と、多分次元が違うところまで行っているの
だろうなと勘で判断してしまった。二人は同時に深く溜め息をついて途方にくれていた。
「なんか、あんなお義姉さんだったら大変なんだろうな……」
「多分な。まあ、もう、年が年だから、もうすぐだと思うんだよね。頼むから高校生まで
に式あげてくれって言うの」
「あんで?」
「スーツ代がもったいない」
なるほど。手を打って頷くと月夜は疲れたように溜め息を吐き、辺りを見やった。そこ
まで古い家ではないなと思って、ふと夕香の白い項と首筋が仄光っているように見えてあ
わてて目を伏せた。雨に濡れてこの部屋に二人きりだ。不純な訳であるが鼓動が早まる。
と、そのとき、凛が入ってきた。手には一つのバックがある。食料品だろうなと辺りを
つけて火に手をかざした。
「服代、とりあえず、この事が終わったらな」
「わかってる、わかってる。口座止められてるのに誰がはらえって言う? まあ、サイズ
が合ってよかったよ」
その言葉に溜め息をついて月夜は濡れ頭を掻いた。かれこれ半年もきっていないような
気がする。肩につくほどの中途半端な長さで結べずに困っている。
「とりあえず、くいな」
差し出されたジャーキーなどの乾物や携帯食料にがっついて火に当たっているとようや
く指先の感覚が戻ってきた。
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